ただ文章を打ってたいんだ。

気持ちただ漏らし備忘録

バリウムvs胃カメラ

昨年末、深夜に吐血した。

まるで喉笛をバッサリやられたかのような、火曜サスペンスや土曜ワイド劇場でも見かけない見事な血飛沫。
便所を殺人現場に改装してしまった。

……残念ながら生きているので、中途半端な明かりの元に掃除をした。
拭いても拭いても拭ききれない。
途中から拭いた血が紫色になっていることに気が付く。

これは死ぬ。

そう思った。

会社の健康診断の内容が変わったのはその半年近く前のことだった。
ガキだろうがジジイだろうがバリウムの刑に処されると言う。

そんな診断を待っている場合ではない。

翌朝、もう自分が死ぬ前提で上司へ電話をした。

「昨晩血を吐いたので休みます」
「マジかよ〜〜〜w」

さすが弊社、血も涙もない人間が多数を占めているだけある。
そんな語尾に芝生を生やされて軽く否されても困る。
こちらは死ぬつもりなのだから。

行きつけの病院へ行くと、胃カメラを飲んだ方が良いと別の病院を薦められた。
その病院は予約制で、診てもらうまでに数日を要し、更に胃カメラを飲むまで2ヶ月近く待つこととなった。

その理由は簡単。
大きな吐血は最初の一度だけだったからだ。

血痰を細かく今日に至るまで吐いているだけでは、さしたる緊急性がないと見なされた。

そうこうしている間に、バリウムを飲む日が来た。

やり手風の、悪く言えばキャリアウーマン過ぎて男運のなさそうな白衣の女性が無表情に言う。

「これから私の言う通りにして下さい。まず、この炭酸水を飲んで。一気に。それから次はこれ、バリウム。飲んだらそこの台に立って下さい。紙コップの置き場もあるから」

2つの紙コップを渡して指差す先には、持ち手のついた壁が突っ立っていた。

炭酸水の方は日頃から飲んでいるので屁とも思わない。
しかし、問題はバリウムの方だ。
見たこともない真っ白なヨーグルト状の液体がなみなみと注がれている。

まずそう、だ。

「こ……これ……飲むんスか」
「そう。一気に。全部」

医療従事者にとって人間はもう個々人ではない。
押し並べて同じ「物体」なのだろう。

うう…………ん?あれ?
ヨーグレットの味?
まずくない。
……前言、撤回。

綺麗なお姉様、よろしくお願いします!!!

壁の前に立つと、持ち手を逆手に握るよう指示された。
その通りにすると、壁がホーンテッドマンションよろしく「ぬぅうううううん」と持ち上がる。

そこからは筆舌に尽し難くもないけれども、兎に角間抜けだった。

頭から逆様にされたり、直立させられたり、中途半端な位置で「回って下さい、右向きに」。

始終間抜けだった。

何だらかんだらと諸々が進歩している中、自力で回れと言う。
健康診断風情で全自動の機械を使うのが阿呆らしいからなのか、それともそもそもがそういうものなのかはわからない。

ただの壁相手に回るのだから回りづらい。
回りづらいからと逆手のキープを止めると「はい逆手で握って」。

バリウムはクソだと思った。

「はい、お疲れ様でした。今日はこの後に下剤を飲んで水分を大量に飲んで下さい。バリウムがお腹の中で詰まってしまうので」

下剤を2錠渡され、言われた通りの時間に飲んだ。
水もいつもより2リットル以上多く飲んだ。

便秘でもないのに頑強な腹は下る気配さえ見せずに夜が明けた。

「いやあバリウム出ないっすわー」
「腹の中で炸裂するよ、バリウム
「穴開くんだぞ、手術して取るしかねぇんだよあれ」
「前にいた人なんか、母ちゃんにケツ穿って取ってもらってたなぁ」

穿ってくれる母ちゃんなどいる筈がない。
腹が炸裂したら狼でさえ赤ずきんちゃんに命乞いしなければならない。

やはりバリウムはクソだ。

あの液体よりも真っ白な顔でトイレへ引きこもった。

それから約束の2ヶ月が経過し、胃カメラを飲む日。

同意書にサインしながら、静脈麻酔を打つか尋ねられた。

「いるんですか?」

我ながら間抜けな質問だ。

「軽くうとうとしてる間に終わりますよ。ただ胃カメラが通って行くのはわかるかも」

正直、どっちでもええねんなと思うような返事だった。
ただ、バリバリに苦しい思いはしたくない。

少量の麻酔を選んだ。

診察室によくある寝台に腰かけると、紙コップを渡された。

「これで胃の泡を消します」

特にうまくもまずくもない。
軽い問診の後横になり、喉に麻酔を注がれた。
これがまたほんのりと甘く、美味しかった。

「3分飲まないで下さいねー、3分経って飲めそうなら飲んで良いですよー」

飲めそうになくても飲む。

「喉や舌がヒリヒリしてきまーす」

しない。

「3分経ちました、飲めますか?」

オッケー☆
ごくりと飲むと、先生が左腕に麻酔を打った。
遠のかない意識で先生の言葉を聞く。

「今日は運転とか駄目ですし、日常と体の感じが違いますからね、なるべく安静に過ごして下さいね。じゃあ胃カメラ入れますから」

そこからはあっと言う間だった。
何かが体内にいることを感じるだけ。
痛くも痒くも眠くもなく、ただ若干の涙が溢れた。

静脈麻酔が効き始めたのは恐らく、胃カメラが体外に出てからのことだ。
看護師さんに寝台ごと別の場所へ運ばれ、そこでやっと他の患者さんの声で眠りについた。

うぐぅ

自分の呻き声で目覚めた。

腹がよじ切れる。
2回目に「うぅ……」と低く呻くと、看護師さんが顔を出した。

「どうしましたー」
「腹が……痛いです……」
「麻酔の前に飲んだ液体のせいなんです。おならを思いっきり出したら楽になれますよ。体の向き変えてみて下さいね」
「は……うっが」

ぶうっ。

……スッキリ。
先程の痛みは何だったのか。
ほんの少し体を捩らせただけで簡単に放屁し、簡単に楽になった。

胃カメラ、最高なのでは?!

バリウムをクソクソ言い過ぎたせいかも知れない。
そうであったとしても、こんなに楽ならばもうバリウムはNo moreだ。

財布には大分優しくないけれど、絶対にNo moreバリウム
諭吉が約1人旅立つにしても胃カメラの方が自分には合っている。

今後はバリウムを拒否して胃カメラにしよう。

そう心に誓った。

……因みに、胃カメラに写る自分の臓物はまるで新鮮なマグロのようであり、何故吐血したのか、何故血痰が続くのか。
それはーーー……。

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